株式会社ふなやす

10月2日(月)のメニューと栄養価をお知らせします

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10月2日(月)のメニューと栄養価をお知らせします

10月2日(月)のメニューと栄養価をお知らせします

2023/09/25

本日のメニュー

🌟メイン🌟

 ガツンとジューシーメンチ・ソース

 

🌟サブメイン🌟 

 ウインナーと旬きのこのジャーマンポテト

 

🌟サイドメニュー🌟

 さば塩焼き

 ひじき煮

 マカロニサラダ

 

  エネルギー たんぱく質 脂質 炭水化物 食塩相当量
ヘルシー 472kcal

13.1g

15.2g 68.0g 1.9g
デラックス 682kcal

17.9g

23.1g 97.2g 2.5g

 

☆プチ情報☆

「マカロニの歴史」

 新潟県加茂市がマカロニの国内生産発祥の地といわれています。

マカロニが初めて日本でつくられるようになったのは大正時代のこと。国産マカロニの生産にかけた、親子3代の熱い想いが込められているのです。

 

 日本で初めてマカロニの量産に成功し、普及に尽力した人物は石附吉治(1864~1919)です。吉次は製麺業を営み、シカゴで開催された万国博覧会などで優秀賞を受けるなどの人気ぶりでした。

 

 そんな吉次がマカロニの生産をしようと思ったきっかけは、1908(明治41)年頃のこと。横浜の輸入商が、吉治に実物のパスタをみせて「作れないか?」と打診したことがきっかけでした。

 海外から直輸入されていたマカロニは、その製造方法は全く分からなかったといいます。吉治は研究を重ね、血の滲む苦労を重ねました。

 製麺機を何度造ってもうまくいかず、借金の果てにようやく穴の開いたマカロニらしいものを拵えてくれました。ところが今度は乾燥法に悩まされ、乾燥法を確立するまでさらに5年の歳月を費やしたそうです。

 

 苦心の末ようやく完成した製造法ですが、第一次世界大戦の影響で工場の経営が困難になりました。この時期に吉治が病気で他界。子に代替わりしますが困難な時代は続き、7年後に工場が人手に渡り多額の借金だけが残りました。その後、裸一貫で再スタートしましたが新工場を水害が襲い製造が不可能になります。

 1932(昭和7)年に事業が再び軌道に乗るようになりますが、太平洋戦争のため製を造中止。終戦後再び復活し、孫の代には製法に改良を加え、1975(昭和50)年には30トンを生産するまでに成長したそうです。

 普段は当たり前にマカロニを食べていますが、先人の努力の賜物だったんですね。

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